放浪する調律師〜【富士浅間神社の鹿】と【下社の神馬】と【猿橋】

mukku38682010-12-18

清々しい空の下を 《 富士みち 》と呼ばれる 国道139号線を 富士山に向かって 車を走らせると 大きな富士山が、全く見えなくなる区間があります。  暫く そのまま走り通続けると その富士の姿を隠した山を まるで引戸を開けるかのようにして 富士山が、裾野まで ゆっくりと姿を現します!お客様のお宅の前からも 立派な富士山の姿が、楽しめました。

【 MARCHEN 】と言う アップライトピアノの調律に 伺いました。  《 メルヘン楽器 》 と言う 楽器販売店が、《 河合楽器 》 にて オリジナルのブランドを作った ピアノです。アクションは 【 KAWAI 】のロゴ入りです。 《 ピン味 》と呼ばれる チューニングピンを チューニングハンマーで動かす際に 河合のピアノ独特の 味が、あって その感触が、 なかなかユニークな 可愛いピアノです〜♪  ブランドは オリジナルではありますが、 基本的には カワイのピアノと同じ 個性的な楽器です。 弾かれているお嬢さんが、成長してきて 身体の骨格がしっかりしてきたのでしょう、昨年よりも 音が個性を発揮し始めていました!     段々と 学校の勉強が忙しくはなってきていますが、 これからも 連れ添ったピアノを短い時間で好いですから しっかりと 弾き続けてあげて下さいね。


《 富士みち 》からの 富士山の眺めの ビューポイントが、幾つかあって 車を停めて写真を撮りたくても 道幅の関係で停められず…  残念に思いながら 通る季節や 時間帯によっても 表情を刻々と変える姿は『 目に 焼き付けておこう! 』と 車を走らせて 《 富士浅間神社 》へと向かいました。  富士山への登山口としても 奉られています。   東京などに在る 《 富士塚 》から 遠くの富士山を眺めながら 神の山として奉る 《 富士講 》の神社としても有名です。    富士山のみならず 全国各地には 山を信仰する《 神道 》が、たくさん在ります。   我が家から直ぐの 長野県の集落からは 見えないながら 御嶽山を奉った祠が、富士塚と同じ様に 点在しています。  また 牧丘町の辺りでは 金峰山を奉っています。  寺でも 比叡山や 身延山などに総本山を置く事から 『 ○○山 △△寺 』と 耳にされる事が、多いと思います。  

丁度 《 お宮参り 》に来られていた ご家族が、ありました。 グッスリと眠っていた新生児は 目が覚めると 大きな声で泣き出しました! 元気な男の子でした。
疫病などが、流行って 大勢の人々が無くなった時々に この神社をお参りして 多くの人を助けた逸話も 数多く残っています。 健康を祈願する為に 訪れる方々も多いそうです。
その他 歴史上の有名な人物達が、事ある毎に奉納した様々なものがあり 立て札を読みながら『 へぇ〜! 』と 歴史を身近に感じられます。
境内には 《 鹿 》が飼われています。  わかくさ国体 が行われた 奈良県 春日大社より かいじ国体 への 《 国体使者 》として託された 鹿 たちです。   秋になると 奈良の鹿たちの 角切りと同じ様な行事が行われたと 地元のテレビニュースで 見た記憶があります。  我が家の近所では『 鹿、飛び出し注意! 』の標識が、あちらこちらに立てられています。  JR も 獣道と交差する!? 線路を横断中の 鹿とぶつかってしまう事も 多いですし 車の前に飛び出されると 廃車に至り兼ねません…。  以前 夜間の凍結路に立つ 鹿の群れと遭遇しましたが、 無事に手前で停車できたものの 驚いた鹿が、ボンネットの上に 倒れ込んで フロントガラスを割られる所でした!  立眩みの様になった 鹿は 数分後に 無事に 仲間たちと 山へと帰ってくれました。
  

お客様から 『 浅間神社には 下社があって 馬が、居るのよ! 』と  お話を伺って 下吉田駅近くの 《 小室(おむろ)浅間神社 》にも 立寄りました。  

境内には 根元から何本にも分かれている 立派な 桂 の大木があって 是非、暖かくなって 葉を広げた時の この大樹を見てみたいもの!と 空に広がる無数の枝を仰ぎました。  神殿の裏手には 町内で唯一残る《 富士山熔岩流の魂群 》が、苔生しつつ 残っていました。 

富士浅間神社は 《 流鏑馬 》を奉納する神社としても 有名です。  此方の神社には 《 御神馬 》が、飼育されています。  境内で 神馬を飼育している神社は 全国でも10箇所程のようです。



馬に会った 帰路、又々 足を延ばして 大月から上り方向へ車を走らせて 【 猿橋 】を観に行きました。  幼い頃から 見てみたいものの一つだったのですが、物理学的にも ユニークな構造で 《 日本三大奇橋 》とも 呼ばれているものです。 野生の猿が、谷を渡る際に 肩車をして 同じ様な形で 仲間を向こう岸へ渡した〜 と言うような むかし話を聞いた覚えがあったからだと思いますが、 建造物に興味を持つ 幼稚園児 小学生だった私…。 やっぱり変わり者だったと 橋の構造や その下に広がる渓谷の景色や 水力発電の エネルギーを有効に使う為に作られた 水路橋などの 風景を眺めながら 自覚してきました。
中央自動車道を利用された方ならば 聞き覚えがあると思いますが 『 猿橋バス停付近 渋滞〜km…』 『岩殿トンネル付近 渋滞〜km…』の 正に その場所です。    岩殿城跡が残る岩殿山は 実に巨大な岩山で 猿橋の下を流れる渓流の両岸を守る 岩肌と同じ地質のようです。  

ちょっと遅めの昼食を 日頃は通過してしまう 博物館併設の 釈迦堂サービスエリアで 塩チャーシュー麺を食べたのですが、 太麺で 塩味ながらシッカリとした味付のスープが、 独特の風味で 美味しかったです!!
我が家の近くから見える 富士山は こんなにも遠くに 見えました。