アスリートを支える人、動物を想いました

体調不良で アクエリアスを飲んで 過していましたが、 調子が良い時に 何度も この日を書こうとするのですが、 その度に パソコンがフリーズして仕舞って 「 真面目に 寝て 治しなさい!」 とも言われているようでした。
4月8日は 《 甘茶の日 》 ですね。  子供達が 初めて通った 保育園の延長先生が務められる 園の お隣の お寺さんでも 毎年、 お釈迦様の誕生日を 祝って 園児達が、 甘茶をお釈迦様に掛けて 祝いました。   お迎えに行った 保護者にも 甘茶が振舞われて  信仰心の有無関係無く 《 春 》 を 感じる お祭です。 
3月11日は この辺りでも 吹雪きました。  そして 被災地でも ボタ雪が連日待っていたことを ついこの前の事のように 覚えています。  随分と テレビ番組も 元の放送内容に 戻りつつあります。  そんな ちょっと安心を感じつつあるこの頃、 ニュースでは 『 天皇・皇后両陛下が、 被災地を訪れた 』 と 報じられました。   娘が、小学生の頃に 1回は 台風で中止になったご訪問が、 翌年 行われたのですが、 皇后様のご希望で 清里の 清泉寮が ご予定の中に 組み込まれました。   1度 中止になった際には お迎えの準備に当たった 関係者の方々の 宮内庁からの指示を伺いましたが、 とても細かく1つ1つの注意事項が多くて  更には 県警の予行練習など 「 どう見ても 彼方達の方が、不審者に見える・・・ 」 警備体制を思い出しました。   小学生は お迎えと お見送りの 2班に分かれて  ヒノマルの旗を振りに 先生方荷引率されて 駅まで 校外授業として行きました。  何ごとも経験で パトカーに 数字がマグネットで張られて 通過するそうですが、 それがカウントダウンで お車が到着するまでの 心の準備だったそうです。   皇太子殿下が、 送るまで移動する際も 都内の歩道橋は 一時 閉鎖されて 一般車両も停められます。  ヘリコプターが、 お車の上を飛ぶ姿を 何度か見ていたので  ふと 昭和天皇が、 学習院へ通学される際に 学長になられた 乃木将軍が 馬で 毎日登下校を共に された話を聞いた事を思い出しました。

スポーツをする高校生達の憧れの舞台の1つである インターハイがありますが、 毎年 開催地が変わります。   実は 今年は 東北地方での インターハイの年です。  レスリングは 仙台です。  息子は卒業しましたし 女子のレスリングは インターハイや 国体には種目としては無いので 娘の参加もありませんが、 何年も掛けて 開催地は 強化選手を育成したり 向かい入れる準備もしてきています。   そんな事を言っている場合じゃないだろ! と 言う方も在りますが、 春の高校野球では 東北の代表校を多くの方々が応援をしました。   とても大きなエネルギーを 準備に費やしてこられた 多くの方々が居ます。
天皇・皇后両陛下の 被災地での 子供達とお話をなさるお姿を テレビで見ていて この写真を 思い出しました。    インターハイでも 馬術に限っては 開催県や 開催地域とは関係なく  独自に 馬術競技場をローテーションします。   2007年は 眞子さまが、在学されていらした 学習院高が、 東東京代表校として  山梨の馬術競技場での インターハイに出場となって ご家族揃って 観戦に来られました。  その時に 主人は 式典係を担当していて VIP 席への 来賓の皆さまを ご案内する係りでしたので ロイヤルシートの 直ぐ横に居ました。   馬の試合や 役員の仕事をしている父親の姿を 見慣れている子供達でしたが、 いつもとは違うイベントの大きさや 父親の姿は 不思議だった様です。   


この子は 彩の国ゴッチャ号 です。      

文字通り 彩の国 の 埼玉県の代表馬です。   インターハイの時には 貸与馬 と言って 現地での 試合に適している馬をクジ引きにて 各県の選手が、 交代で騎乗しますが、 国体や 全日本選手権レベルの試合となると 人馬共に 1週間近くの 旅となります。   ゴッチャも 随分と 歳をとってきてはいますが、 友人の選手家族を 乗せて  予選・本選と 頑張っています。  毎日 トレーニングの後には 綺麗に手入れをしてもらいます。
ゴッチャの シャンプー後のシッポを見るたびに 『 ヴァイオリンの 弓〜♪ 』 と 自分の楽器の手入れを思い出します。