ピアノの中の 住人〜♪


膝丈以上あった雪が、 先日の雨のお陰で 随分と溶けました。  それでも 標高1000m以上の所では 県道から脇道へ入ると 残雪が凍結して 残っています。
我が家が、 山梨の標高900m程の所に越して来た時は 3月のお雛様の日でした。   首都高速道路が通り  国道17号線バイパスが、側道と 地下トンネルへと分かれる準工業地帯に住んでいましたので  山梨に越してきた時には 日頃は聞く事の無かった 様々な《 自然界の音 》 が、 次々と耳に入ってきました。    間も無くして 木々の冬芽が膨らみ始める頃には 庭先で 『 ポン! 』『 ポン! 』〜 と無数の 泡の弾けるような音が 沢山聞こえたのですが、 『 蓮の蕾ではなくて 《 冬芽の弾ける音 》 だった! 』 体験談が、 お客様のお宅で 話題となりました。   木々の葉が広がる前に 根っこは 溶け出した 大地から ムズを吸い上げ始めますが、 静かな場所ですと 幹に 耳を当てるだけで 導管を通る 水の音が聞こえた体験談を伺いながら 『 もう直ぐ その音が、聴ける季節ですね! 』 と 待ち遠しく お話をしました。

『 別荘を買ったら 付いてきた 古いピアノです。 横浜の家には 象牙鍵盤の《 FUKUYAMA 》 が 有るのですが、 このピアノも 気に入っていて〜。 ネズミがすを作ったことが有るんです。 』 との事でした。   拝見すると 木目の美しい ピアノで パネル類を外しながら  『 このピアノは 昔は 《 MOONLIGHT 》と言う ブランド名で 現在とは 別の工場で 作られていたものが、 この会社の この機種として 売られる様になった エピソードの有る ピアノです。  学生時代に オリジナルブランド名のピアノを 元々作っていた工場に運び込まれたものを 製造の勉強に行っていた時だったのに 鍵盤を張り替えるところから 修理をした事が有ります。   このピアノの 製造年は〜 家の 主人と 同い年です。 』 そんなお話をしました。   別荘を買い取られるまでの 数年間は 放置された様子が伺えて  何度かは 調律師が手を入れた記録は 残っていましたが、 いつも通りに 掃除機と 汚れても好いタオルをお借りして  鍵盤のチックをしながら 掃除をしたのですが、 どうもネズミが巣材として好む部品には 異常が無くて  観察すると ドングリの皮も見つかって 状態をお話しすると 『 そう言えば、 戸袋の所に 《 ヤマネ 》 が居た事があるよ〜! 』 との事。   ネズミさんではなくて ヤマネさんが お住まいだった様子です
上の写真は 若いピアノのものですが、 鍵盤を外した 手前の箇所に 緑色の 丸い部品が 並んでいるのが、 お分かり頂けると思います。   ヤマネさんは これらの フェルトをちぎって 巣にしていました。  


色が違いますが、 元々は 左に有る 丸い フェルトだったのですが、 右側のような むしり取った状態に成っていました。   質の良い フェルト部品ばかりでしたので 劣化した様子は伺えず ヤマネによる破損は 沢山 見受けられましたが、 今回は 機能的には 大きな問題が無いので あえて備品交換を行わずに 『 遊び心で 残しましょうね! 』 と 最低限のものだけを変えました。   薪ストーブの煙突を伝って 夏場に ネズミや ヤマネが 侵入して来る事は 少なくありません。   そのお宅にも NOЁL よりも大きな しかしながら 甘えん坊の ニャンコが、 今は住んでいるので 外部からの進入は 困難とは思いますが、 それでも侵入者はあるものです

今回 お邪魔をする切っ掛けは 複数名の お客様からの ご紹介が あったからなのですが、 世間は狭く そのほかの場所でも お目に掛かる事の多くあったご主人様で  お話をしていくうちに 更なる共通の知人のお名前が、 次々と挙がり 驚きました。   そして 『 明日 浜松へ 象牙に貼り替えて貰った グランドピアノの鍵盤を 取りに行きます。 』 と そのグランドピアノの プロセスを お話すると 『 そのピアノ 知ってるよ! 大学の講堂にあった物が、保育園に行ったピアノでしょう!? 』 とのこと。  フルートを吹かれるキャリアも 永い方でしたので  30年以上前に 某大学の講堂での 演奏会を 数回 聴きに行かれた事が有るとの事でした〜♪    更に 知人の 大学生になられたお嬢さんが、 初めて出逢った オーバーホールが必要ながらも とても好いフルートは この方からのプレゼントと知り  『 古い楽器じゃないと 出せない音が、 有るんだよね〜♪ 』 と  今回 調律をさせて頂いた ピアノの 鉄骨の 鋳造の姿からも 楽しくお話が弾みました。
《 物づくり 》 に関わる 全ての業界において 《 職人 》と呼べる技術者の育成が、 本当の意味では 困難になっている事や 育てる意欲のある人は 極一部でしかないことなども  製造業のみならず コミュニケーションを必要とする職種に関われれていらっしゃる事等から話題となり  戦前生まれの 共通の知人の皆さんの 《 心 》 の センスの良さなどの 話題にも 花が咲きました。  『 人生は 60歳からよ! 』 と 現在90歳になられた方から 教わったお話をすると 『 あの方ならば、本当に そう生きていらっしゃるね! 』 と 85歳から ピアノを始められた方の話題に至りました。