とっても古いピアノの《延命》とは!?

♪ 7月7日 一部 訂正変更しました。
朝 6時30分に 家を出る時には 曇った状態の 過しやすそうなお天気でした。   しかしながら 天気予報を見て 『 ・・・。 トンネルを抜けると 猛暑かな・・・!? 』 と 呟きながら  お客さまをお迎えに上がってから 川越 ヘと 向かいました。   予想通り 中央道の長いトンネルを抜けると 見事な 夏日 でした。
頭をなでて〜!近々脱走するでしょう


春に 不思議なご縁で 巡り会った ご家族が、所有されていらした  とても古い アップライトピアノ の 《 安住の地 》 を探すこととなりました。  そして 《 延命 》 を依頼されました。    ご家族の希望される 幾つかの条件をクリヤーしつつ  イメージする 維持・管理 が、出来そうな場所として  幾つか候補地を考えてから ご相談に伺いました。    先に お写真と 入手された経緯などをメールで送って頂いてあったのですが、 都内のご自宅にお邪魔をして  その ピアノ を拝見させて頂いてくと  1800年代に作られたものの様である事は伺っていましたが、 想像以上に レトロ を超えた古いデザインの 楽器 で  日本人の日常生活を送っている リビングに 置かれて有ることが、 不思議なくらいでした。
当然の事ながら ピアノの作り(構造) が、 現代のピアノとは 随分と違います。   そして とても 古い ので 劣化している 部品が多いですから 修理をしようとした個所とは違う部品を破損させてしまう恐れもあります。  スプリング類は 自分で作れますが、 部品によっては 破損してしまうと 特注 で作って貰わねばなりません。   その様な状態の ピアノ の 《 安住 》 のみを考えるのならば  資料館のような場所で 《 展示 》《 保管 》 して貰えれば 手っ取り早いのですが、 《 延命 》 となると 話は全く違ってきます。   実際に弾いてみると 何とも言えない 素敵な音が響きました。   丁度 外装の 木彫 も キリスト教 をテーマとした物を モチーフとされていましたし  何よりも その音を聴いて 『 賛美歌 を弾いたら 気持ちが好いな〜♪ 伴奏として聴きながら歌ったらば 気持ちが好いだろうな〜♪ 』 と 感じましたので  ご依頼通りに  眠りにつかせないような 適度に弾いて貰える場所 を 音を出した瞬間から  頭の中では イメージをし始めていました。 

ご家族が、 ドイツで生活をされていらした時に  現地の 楽器商 から『 古いピアノだよ。 ブラームス の親族の家から 売りに出された 楽器だよ。 』 と言われて 買ったピアノなのだそうですが、 兎に角 『 古いよ! 』 と言うことを強調したかったようです。(筑波山ガマの油売りや 寅さんの口上を ふと、思い出しました。)
お引越しをする事となって 配置スペースの問題から 如何しても手放さなくてはならなくなってしまい  しかしながら奥さまの ドイツでの想い出が、沢山詰まっているご様子を お話を伺いながら 感じました。  その想い出を大切にされてこられたお陰で  今回 この ピアノ と 私が出会えました。   『 手放さずに済む 別の方法も有るのでしょうか? 』 と言うような お気持ちも 心の中には 強くお持ちだった事も 非常に良く判ったものの  もう1台 アップライトピアノをお持ちでしたから  2台のアップライトピアノを 今後 維持することが、 スペース的に困難となり  古い 【 M.F.Rachals 】 を手放すことになさったそうです。   渋々と 自分に言い聞かせながら手放す覚悟を決められたご様子が伺えましたので  私に出来る ベスト な方法を 皆さんと共に 話合いをしながら  進めることとなりました。
    

先ずは その ピアノ に 関連がありそうな 資料 を集め始めたのですが 【 Rachals 】 と書かれている楽器は 池袋の 自由学園・明日館に アップライトピアノが 1台有るようだという事が分かりましたし  北京の老舗のホテルにも 創業100周年を記念して 1932年に ホテル の為に作られたという グランドピアノ が有ることも分かりました。   どちらも 今回 出会った 【 M.F.Rachals 】 よりは 写真を見ただけでも 随分と若い楽器です。 
【 M.F.Rachals 】 について ドイツ語で 検索をして下さった方から お知らせを頂いたページを開いて見ると  創立者の マティアス・フェルディナンド・ラハール の 素敵なお墓の写真と共に コメントが書かれてありました。    「 M.F.ラハール は 1801年に生まれて 1866年に亡くなられた 」 様です。  創業は ハンブルクにて 1832年 とありました。  《 ラハール 》 と言うブランドの他に 《 メルセデス 》《 ローマン 》 と言う ブランド の ピアノ も作ったようです。(こちらのブランド名は 学生時代に買い集めた 資料本 で 読んだ記憶がありますが、 当時 製造メーカーまでは判りませんでした。)    これらの ページを書かれた方は 製造番号No.3838 の ラハール のピアノを買おうとしていた様子で 「 その年代を調べると 1846年〜1875年までの間に 作られているピアノ である 」 と イギリスのサイトで 判ったようです。   語学が苦手な私には その程度の事までしか、理解する事が出来ませんでしたが、 大きな収穫です〜♪   今回の 延命依頼を頂いた アップライトピアノ の 製造番号は No.3164 ですから 1840年頃の製作とも 考えられました。
心強い事に  《 延命 》 を大きく支えてくださる方が、 語学のプロフェッショナルの方なので 翻訳された資料が、メールで届く事は 有難いことです。  内容を読むと 1932年に 会社は幕を下ろしてしまっていた事も書かれてありました。  北京のグランドピアノは 最後の作品だったのかも知れませんね。


そもそも 【 ピアノ 】 は 《 グランドピアノ 》 の 原型 を イタリアの宮廷楽器管理者だった クリストフォリ が、 1709年に創り出したものから その歴史は始まりました。   当時の日本は まだまだ ピアノ とは無縁の時代で  江戸時代の 徳川 四代将軍と その弟である 五代将軍に 跡継ぎが出来ず、  三代将軍・家光の 側室 の中では 身分の低かった 母を持つ為に 四代・五代将軍の弟だったものの 甲府藩主となっていた 綱重の後継者で  一度は甲府藩主となった息子の 徳川家宣(家光の孫) が、 六代将軍となった年です。

アメリカの ホーキンス によって 《 アップライトピアノ 》 の 原型的が作られたのは  M.F.ラハール が、生まれた たった1年前の 1800年の事です。   その頃の日本は 十一代将軍・家斉 が 幕府を治めていました。  1837年に 将軍在位50年を迎えて 十二代将軍・家慶に将軍職を譲りましたが、 外国船が 日本近海に 度々接近をし始めて 幕府が頭を悩ませ始めます。
1823年に オランダ商館付き医師として ドイツ人の シーボルト が、イギリス製の スクエアピアノを 日本国内に はじめて持って来ました。  その時に 幕府の関係者達は 随分と構造を調査したそうです。
そして 【 M.F.Rachals 】 が 創立された 1832年頃の 世界のピアノ業界は 既に 多くのメーカーが設立されており  様々な工業技術の発展と共に  1825年に 現在では当り前となっている グランドピアノ の 金属のフレーム(鉄骨)が作られたり  製鉄技術の向上と共に 現代の物へと近付いた 丈夫なミュージックワイヤー が作られる様になり  更に面白いことは 1836年になって アップライトピアノ の 《 総鉄骨 》が、 作られています。   【 M.F.Rachals 】 が 創業された時点では  アップライトピアノ の 《 フレーム 》 は 木製や 半分が、金属 の物だったわけです。
上の写真と 下の写真を 観察して下さい。   上の写真は チューニングピン の打ち込まれている辺り が、 全て木材です。  下の写真は 弦の周囲を囲んでいる 黒い フレームがお分かり頂ける事と思いますが、 金属です。  詰まり 《 半鉄骨 》 と呼ばれる フレーム構造 です。
更に 写真を観察して頂くと 左側の 低音弦 が、 中音の弦と共に 真直ぐ並んでいます。  1830年に 現代では当り前の 《 交差弦 》 が考案されて グランドピアノ に 使われ始めますが、 比較的遅く1853年に創業を開始した N.Y.スタインウェイ が、 1859年になって やっと ちゃんとした グランドピアノ の 交差弦方式 を完成させます。   
調律師の先輩のコレクションですが、 その頃のピアノを 少し前に弾かせて頂きましたが、 平行弦のグランドピアノ と 交差弦のグランドピアノ の 響きとでは  全く違っていました。   自分の弾く音を タッチを細かく変化させながら 弾き比べてみると  とても楽しい 不思議な体験が出来ました。


この とても 古いピアノ の 《 安住の地 》 としての 搬入場所 を決める為に 関係者間で 連絡を取り合いながら 何度も話し合いを重ねて  依頼された お約束 を守る為の 準備を進めました。
最終的に 搬入が決まった 施設には  既に 私がメンテナンスをさせて頂いている アップライトピアノ が置かれています。  お世話になっている楽器店の社長より 『 古い APOLLO を 弾いている方の頼みなら 楽器の持つ 個性の好さが分かるから〜 』 と 私が、メンテナンスをさせて頂だく条件も含みつつ 設置・譲渡のスポンサーとなられる方へ譲って頂いた 【 APOLLO 】 です。    その 【 APOLLO 】 は 30年ほど前に作られた 日本の楽器作りとして なかなか 良い時代の ピアノ で  比較的に扱いやすい 楽器 です。   しかし 一見、普通のピアノではありますが、 弾き方次第では 弾き手の個性が現れて  美しく 豊かに曲を奏でさせてくれます。  ですから 楽器店の社長も 良さが分かる方に 快く託してくださったのです。

【 M.F.Rachals 】 は  数日前に 無事に 搬入作業が終わりましたので 様々な事の 確認 の為に 今回 伺いました。   搬入されて 1週間と経っていませんが、 既に 移動をしたことによる 環境の変化 が ピアノのコンディションに現れていましたし  日本に 持って来られてからの 修理 とは思えない ユニークな作業の跡がありますので  その跡を もう少し好くして上げたいと思う メンテナンス も含めて  当然の事ながら必用とされる全体のメンテナンス と共に  確実にゆっくりと進めていく予定をイメージする事が出来ました。   そして 日曜日の 礼拝で 皆さんが歌われる 賛美歌 の伴奏 と言う 役目を仰せ付かって  末永く 役に立って貰える様に  健康を維持して行く事を考えています。
この様な 古い楽器は 既に 現存する楽器が少なくて  残されていたとしても 資料館 に並べられています。   ですから 弾くチャンスが少ない事もありますが、 平行弦 の ピアノ の その好さ を発揮させる事ができる ピアニスト は 非常に 限られていると思います。   逆に 小さなお子さんならば 指の力も未だ弱いですし  直ぐに 音の響きのユニークさを感じ取って 自然と弾きこなせるのかも知れません。  しかしながら 多くの大人が 「 子ども=楽器を壊す 」 と思われています。   始めに ちゃんとお話をすれば 大人の様に テクニック などを気にしませんから  楽器を大切に思う心で 労わりながら 弾いてくれるものです。   その様な 古い楽器 との 《 対話 》 をして下さることを 弾ける・弾けないに関わらず、 施設の皆さんに お願いをしつつ  大昔の 資料も殆ど残って居ない アクション を持った  平行弦 アップライトピアノ の 【 M.F.Rachals 】 が、 優しく 美しく響いてくれる 日 を 楽しみに思いながら メンテナンス をはじめます。
      

先ずは 無事に 移動が完了した事を確認して  今後のメンテナンスの計画を立てる下見も済ませる事が出来ました。    何よりも 場所 と メンテナンスの為の 時間 を取る必用が有る ピアノ のことですから  改めて 今後の事を 皆さんと共に 確認 を終えて  やっとスタート地点に立った気持ちです。
調律師にとっては この様な 資料的なピアノ と関われるチャンスを 皆さんから頂けた事は 感謝しきれないほどの事であって とても嬉しいことです。   
《 ピアノの延命 》 に向けて あちらこちらに働きかけて準備を進めてきた 一部の関係者 で 一区切りを記念に  美味しいお蕎麦のコース料理を楽しみました。   予想以上に 気温が上がったので  嗜好を凝らした 夏のお料理は 目も楽しませてくれつつ  お腹を十二分に満たしてくれました。
まだまだ これからも確認をしながらの作業が残っていますが、 倉庫での保管や 資料館での展示とは違って  日常的に 沢山の人たちの会話や 笑い声を聞きながら過す事で  ピアノ 本体が、振動 をすることを思い出して 自然と環境に馴染み ゆっくりと目を覚ましはじめてくれることでしょう。
仕事上で 日頃からお世話になっている関係から 巻き込んでしまったのですが、 今回の ピアノ移動に関わって下さった 様々な立場の 皆さんの 快いご協力と お心遣い・お気遣いを 沢山 頂きました。  有り難うございました。  そして これからも 懲りずに宜しくお願い致します。